吐き出すこと
今日は熊本地震の前震があった日です。
深夜1時過ぎにウェブニュースで記事を読み、それからはもう、不穏なそわそわドキドキが止まりません。
あれから3年経っても、何らかの不安や問題を抱えている人が多数いるそうです。
その一方で前向きに進路を定め、頑張る若者もいます。
仮設住宅などの仮住まいで暮らす人は、今なお約1万6500人(約7300世帯)いらっしゃって。
熊本・大分の両県で犠牲者は、災害関連死、直接死、地震で緩んだ地盤を襲った2ヶ月後の豪雨による死者を合わせて、273人になったそうです。
仮設住宅などで誰にもみとられずに亡くなった方も28人ー
今、昔から現在までの苦しかったことをいろいろと思いだし、一部このブログに書き綴っている最中です。
そのひとつに発達障害とHSPという、似通うところもあるけれども相反する気質を持つために心のやり場に困っていること。
いろんな存在に苦しめられた過去を無理矢理掘り起こす作業をしていること。
後ろさん達が言うには、
「少しでも傷付いたら吐き出すことは必要だ。」
「傷付いているという"自覚"を持つことも必要だ。」
といつも言われています。
私は、私を苦しめた人ではありますが、幸せを願いたいと思っている方がいます。
願いたい、というのは、後ろさん達が
「そういうことは、やることをやってからだ。」
と言って、その人の悪行を次々に告げて止めさせるのです。
それは結局のところ、その人が「大きな力」を持っていることから、軌道修正の役割を私にさせようとしているのですね。
いわゆる踏み台なのですが、私でないと出来ない、と言われました。
災害のこと、
その人のこと、
自分自身のこと、
なんにしても苦しいことです……